走馬

豊島区の千早町で生まれ、千早、要町、椎名町、西池袋界隈で育ちました。
26年間豊島区以外に住んだことがない生粋の豊島区民。

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国枝のおじちゃん

僕が自分の人生を振り返るうえで、なくてはならない存在が「国枝さん一家」。両親が二人とも一人っ子で親戚のいない僕にとって唯一の親戚のような存在です。僕が生まれてから9年間住み続いた4階建てのマンション。(僕が生まれる前から住んでいたので、姉と両親的には10年以上住んでた。)当時、我が家は父の仕事場と家用に2部屋を借りていました。仕事場は3階、家用は4階。その4階の隣人が国枝さん一家でした。ご長男とおじさん、おばさんの3人家族。僕はよく、国枝さんちに遊びに行ったり唐揚げを御馳走になりに行ってはは可愛がられたり、叱られたりしていました。今回はそんな、僕を温かく育ててくれた第2の家族、国枝さん一家のおじちゃんにフォーカスを当てて紹介します。【おじちゃんの簡単なプロフィール】・現在73歳の元ドラマー・趣味は釣り。最近はやらなくなっちゃったけど、昔はよく成田の方まで行ってたらしい・旧平和小学校(現在の西武区民事務所)の第1期卒業生・73年間要町周辺に住み続けてる・相撲、プロレス、囲碁、将棋が好き・夏場、4階の階段まではパンツ一枚で出歩いてた(その昔、姉貴と姉の友達がそこに遭遇して姉の友達が驚いたこともあった。姉貴はゲラゲラ笑ってた)・ヒゲがトレードマーク・マンションの4階でアヒルを飼ってた。その後、猫も飼ってた・ご長男はリコーダー奏者(今は退団していますが、一時期は「東京リコーダーオーケストラ」という楽団に所属していました。)・おばちゃんは料理本を出している出版社の編集者(めちゃくち料理が上手い!僕が世界で一番好きなのがおばちゃんの作った唐揚げ。)おじちゃんには僕が住んでいたマンションの近く、フラワー公園近辺の昔の様子を教えてもらった。現在のフラワー公園があるところは、元々は田んぼで、すぐ前の通りは千川の弁天さまの祀られている粟島神社の辺りまで流れるドブ川だったらしい。おじちゃんが小学生の時は、よく竹棒を持って棒高跳びなんかをしてみんなで遊んでた。小学生の頃は、現在の要小学校の近所に住んでいた。小学校6年の年に、子どもの増加に伴って一部の学区に住んでいた生徒が転校。平和小学校が誕生し、第1期生として卒業する。(平和小学校は僕が小学3年生とのときに廃校。翌年、要町小学校と統合して要小学校になります。生徒たちはほとんどが要に転校してきました。)中学になると住まいを高松へ。この頃、おばちゃんと出会います。スポーツが好きだったので、野球やハンドボールをはじめ色々な部活動に挑戦するも、飽きっぽかったためどれも長続きせず。高校は小石川高校の夜間部に入学しました。おじちゃんにとっての転機は19歳の頃。当時興味があったドラムを、浅草にあったスクールに通い、基礎を学ぶと、渋谷のキャバレーでバックバンドとして働きはじめます。本人はJAZZがやりたかったらしいけれど、それでは店側が満足しなかったらしく、お客さんの踊りやすいポップスを演奏することに。そこから、お店を転々としながらバンドマンとして働く毎日。自分で機材を持って、タクシーを拾おうにも楽器は大きいため嫌がる運転手だらけ。当時のバンドマンも移動は大変だったようです。(現在でも、高速バスなど一部の乗り物は嫌がられる傾向があります。)そんな生活も44歳で終わりを迎えます。世間にはカラオケが広まり、飲み屋で演奏をするミュージシャンが必要なくなったのです。時代の変化から、職がなくなってしまいましたが、魚好きが興じて築地で働きはじめました。それからは、3時に家を出て夕方に帰ってくる毎日。僕の知っているおじちゃんはこの辺りからなんですね。おじちゃんに今と昔の一番の違いを聞くと、「緑が減ったなぁ」と答えました。最近はマンションはじめ建物が増えてしまったこの町。人が増え、たくさんの人が住んでくれるのは嬉しいですが、古くから住んでいる人にとっては少し寂しい気もするかもしれませんね。おじちゃんの話を聞いていたら、なんだかリアルタイムで歴史が動いているようでした。(カラオケのくだりとか特に。)何年も会ってなかったから、歳取ったおじちゃんと話していたら少し涙腺が緩んで来たのでした。

まりこさんを紹介!

WELCOME KANAMECHO改め、ようこそ「要帖」へ!豊島区生まれ要町育ち、生まれてから26年間千早町以外に住んだことのない走馬です。このサイトは、要町を中心とした「町」にあるお店や場所、個性豊かな人々にスポットを当てて紹介していく情報サイトです。大阪からやってきたまりこさんが書く「現在」と、この町にずっと住み続けている僕が書く「いままで(過去)」。このサイトを見た人が要町周辺の「いままで」と「今」の違いを知って、僕らと一緒に「これから」を作っていければ、なんて考えています。今日からまりこさんと一緒に書き込んでいくのですが、記念すべき第1回目はお互いに相手を紹介し合おう!ということになりましたので、稚拙ではありますが紹介させて頂きます。【僕から見たまりこさんはこんな人!】・近所のおせっかい好きお姉さん・広告制作会社→建築会社の広報&カフェ店長→フリーライター&ディレクター&ご近所コーディネーター(ママさん方をはじめ、たくさんの人たちを繋いでる)・要町でフェスをやりたいらしい(まさか本当にやるとは思わなかった…)・どちらかというと僕と同じ熱意型。論理的思考もある・頭の回転速い・なんてんカフェ大好き・なんてんの店長も大好き・猫好き・なんか勝手に道に名前つけてる(なんてんカフェ前の道。なんて名前だったかな)・片っ端から人を巻き込んでいく台風みたい・絵がうまく、その昔カフェ内で日記風の漫画を連載していた(あれ復活してほしい)・判断基準は面白いかどうか(前に相談を持ってたら「面白そうやん!やろう!」って快諾してくれた)・少しでも関わると最後まで面倒見てくれて責任感がある・行動力、瞬発力、フットワークの軽さが凄いこんな具合で、僕にとってはとても頼れる姉さんです。愛知県は小牧市に引っ越したのにほぼ毎週要町に通ったりと、もはやどっちを住まいとしているのかわからないですが、とにかく面倒見がいい。たまにうっかりミスもあるみたいですけどね。それはご愛嬌。そして何よりも。僕がこの町で働くキッカケとなり、僕がこの町を今まで以上に好きなるキッカケを作ってくれた方。「私な、この町をもっと面白くしたいねん」この一言が僕の心を動かしました。地元民であり、20年以上も住んでいたのに、考えたこともなかったこと。外から来た人にありがちな、口だけとは違う。なんかパワー持ってるな。この人となら自分もなんかできるかも。そんな気持ちを気付かせてくれました。ということで、これからはじまる要町(とその周辺)の物語。まりこさんの目線と僕の目線、それぞれの記事を楽しんでもらえれば幸いです。全部実話で実在する人、場所だけど、僕がまりこさんに動かされたように、これを読んでくれた人のなにかのキッカケになりますように。